スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人との出会い

 お寒くなりましたね。
 12月も今日で18日目。
 年末が迫って参りました。

 私のスキー場での新たなお仕事もワタワタしてる内に
 早12日が過ぎましたです。

 ぴっちぴちの若い頃、車山のスキー場をわが庭とし
 闊歩しておりましたが、それから30年後の今
 場所を変えて、久し振りにスキー場の雰囲気を
 味わいつつ頑張っております。

 しかしながら…  同じスキー場とは言え、現在の部署はレンタル。
 かつてチケットの発券とリフト課でお仕事してましたが
 レンタルは初めてなので、新に覚える事がイッパイで
 しかも、あの頃にはなかったボードはあるし、スキーは
 昔と事情が違ってるし…で、頭もイッパイイッパイ(笑)

 しかも我が脳もご多分に漏れず、老化に片足を突っ込んでおり
 あれもこれも覚えられるか心配で~(>。<)

 今日は自販機のおつりやらドリンクの補充やらを教えて貰ったのですが
 まぁ~1回では覚えられない。 中が色々複雑で。
 
 明日は午後は売店へ行き、そっちの仕事も覚え~の、22日には
 朝8時からナイターの夜10時までのめいっぱいバージョン。
 一日が長そうです。 いや、長いでしょう(笑)

 でも、そんなワタワタした毎日ですが、そんな日々も
 何とか楽しく過ぎています。

 それは仕事場の人間関係がとても良い事が大きいでしょうか。
 
 仕事を変るにあたり、一番心配だったのが人間関係。
 仕事の大変さなんてね、ど~でもいいんです。
 働くの好きですし。 

 いくらいい仕事でも、人間関係最悪だったら…ねぇ。
 
 で、ちょっとドキドキしてたんだけどね。
 
 そこにいる人数もおじさん2人とおばさんが4人。
 いい具合の人数です。 しかもいい感じなんだな。
 パート頭のこの道20数年と言うおばちゃんが、すごくいいキャラ!
 とにかく面白くて明るい。 しかも仕事の指示はしっかり出来る。
 みんながその人を慕っている。 それはレンタルだけぢゃなくて
 ここの広いスキー場の全部の部署の人達が。

 なので、ここはチームワークがいい!
 良かったなぁ~、ここで。 
 仕事はね、スキー場が全部まだ雪がついてなくて
 三分の一くらいしかオープンしてないからね、まだまだ
 混雑はしてないので、慣れない私には丁度の忙しさ。

 だから、本当の仕事の大変さは22日くらいからかな。
 冬休み入るしね。 すごく混むらしい(*▽*)
 レンタルは朝一気に借りに来て、返って来る時もイッキ!
 
 頑張って慣れないと、皆の足を引っ張る事になっちゃうので
 しっかりしないとっ!!
 
 しかしながら、高校を卒業してからこっち社会に出て
 色んな人に出会って、色んなことがありました。

 一番最初の就職先では、仕事がイヤでイヤで毎日辛くて
 その頃はまだ18才でしたから、わがままイッパイのガキンチョでした。
 メチャ使えないやつでした。 今思うと…(;+□+)ですがね。
 そんなヤツが今いたら、蹴っ飛ばしてやる事でしょう。

 そんな訳でそこの会社は1年と3ヶ月で辞めました。
 しばらくウダウダしてたのですが、母がバイトでもいいから
 仕事をしろとうるさかったのでバイト雑誌で、たまたま
 見つけた八ケ岳のホテルのバイトに行く事にしたのでした。

 実は高校2年の夏に学校の移動教室で志賀高原に来た事があり
 その自然の雄大さと美しさに感動して、それから毎年夏休みは
 長野へ遊びに来てたのでした。 そんな信州に憧れて...。

 大好きな山と自然に囲まれて、それはそれは楽しい2ヶ月でした。
 バイト仲間も面白い面々で、ここで私の人生は変りました。
 都会の満員電車に揺られて、毎日判で押したような同じ仕事。
 うつうつと過ごしていた1年3ヶ月。

 思えば我が人生で、短かった最初で最後のOL生活。
 
 それが一変しました。 
 山では人生が薔薇色!!!
 水を得た魚とは、あの頃の私の事でしょう。
 最高にシアワセな時間でした。

 思えば、母もよく私を出してくれたと今でも感謝の念に
 絶えません。 私はと言えば、山で暮らせる事が嬉しくて
 自分の人生に歓喜でイッパイだったのですが、後から聞いたら
 それこそ毎日心配で心配で夜も眠れなかったらしいです。

 でも、私がそこのバイトを決めるにあたり、母はそれは素っ気なく
 「いいんぢゃない、行けば?」と。
 実の所、そうかと言って私だって初めて家を出て
 知らない所で知らない人達と暮らす訳です。
 行きたいの半分、行きたくないの半分な気持ちで(笑)
 ホントは「大変んだから止めときなさい」って言ってもらえるかと
 思ってたんだけどね。 ふふふ、あんまりにしも素っ気なかったので
 私もムキになって...そして、現在に至る訳ですよ。

 お陰様で、知らない場所で知らない人達にたぁ~っくさん
 お世話になりました。 若かったので周りの人達に
 許されていたのでしょうねぇ~。 多少おばかさんでも。

 若いって、そう言う時期なんだなぁって今なら思えます。
 わがままで自分勝手で傲慢だったデコボコでトゲトゲな
 私を色んな人と出会う事で、長い時間を掛ける事で
 なかなか丸みのある人間になる事が出来たと思います。
 
 我ながら、あのギットギトな子供時代から、よくぞここまで…と
 思います。 ホント。 

 まぁ、子の親にはなっておりませんので、そこら辺の
 成長はないので、気持ち的にはいつまでも子供なんですけどね。
 ま、それはそれでいいと思ってます。 子供の気持ちは
 よぉ~~っく分かります(笑) ははは。

 そうそう、誰かが言ってました。
 「自分探しは、一人では出来ない」って。
 ナルホド!!! って妙に腑に落ちて、自分の今までの
 人生を振り返ってみてしまったのでした。

 思えばいつもそこに誰かの助けがありました。
 「人と人のつながり」…お金は全然ありませんが、手のひらに残る
 これだけは胸を張って言える私の宝物です。 

 私の人生に関わってくれた、大好きな人も嫌いだった人も
 全てが私を良くしてれたと思ってます。 
 イヤでイヤで仕方なかった人も、神様がくれた人生の宿題。
 それも拒絶して、時間がかかったけど受け入れる事が出来た時
 それも悪くない事なんだなぁって、ちょっとだけ分かりました。

 そう...一番最初に人との関わりってのを教えてくれたのが
 亡き親友でした。 彼女は16歳の若さで病気で亡くなって
 ある日突然、私の人生から消えてしまった人でした。

 その彼女が、とても明るくて気さくで。
 中学生の時に一緒にお菓子を買いに近所の駄菓子屋さんに
 入った時の事。 

 「こんにちは~~~!」と明るい声で言ったのです。
 私はちょっとビックリ。 私はお店に入るときに
 コンチニハ! なんて言って入った事なんてなかったからです。
 
 今からもう36年も前の事ですが、その時の光景が今でも
 ハッキリ目に浮びます。 

 明るくて、物怖じせず、人懐っこかった彼女。
 まだまだずっとあれから先だって、楽しく人生を語り合ったりも
 するハズでした。 

 私の人生で初めての親しい人の死。
 とてもショックな出来事でしたが、それから何となく
 自分と彼女の分と頑張って生きて行くんだってずっと
 思って生きてきました。 多分、本当に彼女も私の
 人生の横にいつもいて一緒に生きてきたと思います。

 いないんだけど、いっつもいる。 そんな感じ。
 心の中でいつもイッパイ会話してます(^。^)

 だからかな。
 普通より面白い生き方が出来たのは。
 多分、普通に生きてる人の何倍もの人に出会って
 助けられてんぢゃないかな。 

 でもね、そんな風にいい人達出会いたい~~!!って
 心の中ですごく願ってました。 ずっと。
 どこかで、そんなつながりに飢えてたのかもしれません。
 願えば叶う...かな。 
 
 まだまだ、あと20年くらいはそんな人生が
 続く事でしょう。 これから出会う見知らぬ人達。
 たまには私も誰かの助けになれるといいな。
 なぁ~~んてね。 

 さ、明日も頑張ってお仕事お仕事!!!
 年末ダッシュだぁ~~!!

 
 
 

 
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

dancingmooncats

Author:dancingmooncats
田舎に暮らして早や23年目。手作りの仕事をしながら日々暮らしています。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
暗算トレーニング
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。